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クリニックの傘置き場で患者さんの傘がなくなった場合の対処法

<相談事例>
ある雨の日、「俺の傘がない!傘が盗まれた!このクリニックの管理はどうなってんや!弁償しろ!」といつもは温厚な患者さんが受付スタッフに大声で怒鳴りました。あまりの勢いで患者さんが大声をあげるので受付スタッフはびっくりして泣き出し、業務がストップしてしまい他の患者さんにもご迷惑をかけました。院長先生が患者さんからお話をお伺いすると、奥様から誕生日にもらった大切な傘ということでした。「大声をあげたのは悪かったがクリニックの中でなくなったものだから弁償してほしい。クリニックに管理責任があるはずだ!」と強い口調で迫ってきましたが、院長先生は「院長といえども私の一存では決めることはできない。私どものクリニックのルールにしたがって事実確認し解決策を後日、私から連絡させて頂きます」と即答せずその場を収められました。すぐに筆者のもとに連絡があり、このようなケースはクリニックに管理責任があるかどうか教えてほしいというご相談を頂きました。

<回答>
結論から言えば、このケースはクリニックに弁償責任はない(法的な損害賠償責任はない)と考えてよいと思います。法律上、施設への来集者の持ち物に対する管理責任に関しては、商法594条に場屋営業主の責任規定があります。
「場屋営業」とは、旅館・飲食店・浴場など、公衆の来集に適する物的・人的設備を提供してこれを利用させることを目的とする営業をいいます。
場屋営業主には、寄託を受けた客の持ち物の紛失等について無過失責任に近い重い管理責任が課せられています。寄託を受けてなくても施設側の不注意で来集者の携帯品が紛失した場合にも賠償責任を負います。
医療機関、クリニックの経営がこの場屋営業にあたるか否かで、患者さんの持ち物に対する責任の重さが変わってきます。
診療所・病院もこの「場屋」にあたるとする考え方もありますが、医療法では、医療行為は基本的に非営利のものであって商行為とは異なり場屋営業にも当たらないとされることが一般的な解釈となると思います。
施設が場屋営業にあたらない場合、来集者の携行品について施設側が当然に管理の責任を負うものではありません。
寄託を受けた(預かった)場合には、たとえ無償の寄託であっても自己物と同程度に管理する責任が生じますが、靴や傘などを置く場所を提供したことをもって「寄託を受けた」と見ることは難しいと思います。
そうすると、患者さんの持ち物が無くなった場合、誰かが故意・過失で持ち去ったのであれば、賠償責任を負うのはその持ち去った人であり、クリニックとしては、クリニックのスタッフが他の患者さんに間違って靴を渡してしまったなど、その持ち去った人と共同の過失とみられるようなことでもない限り、法的な賠償責任は生じない事と思います。
ただし、法的な賠償責任がないにしても、靴や傘の置き場所をスタッフや患者さんたちの目の届きやすい場所にしたり、クリップをつけたり、名札をつけて間違えにくくしたり、場合によっては鍵をかけられるようにするなどして、紛失・盗難をできるだけ防ぎ、患者さんに安心して診療を受けて貰えるようにすることが、無用なトラブルを避けるためは必要になることだと思います。

以上について、回答すると、院長は後日、その患者さんと面談して医療機関側に法律的には賠償責任がない旨、お伝えしたうえで、患者さんがなくした傘と同じ傘(院長が傘のブランドを確認して購入しました)を傘が見つかるまでレンタルされました。
法的な根拠がなくても、心優しい院長の配慮で患者さんは納得され通院を続けていらっしゃいます。
一見、弁償責任があるようなケースでも法律を調べてみると弁償責任はないケースもたくさんあります。今回の院長のようにトラブルやクレームの回答は即答せず、根拠をもって対処頂く事をお勧め致します。最後までお読み頂きありがとうございます。

2022年10月15日